永久の彼方

リコリス(むかし書こうとして疲れ果てた学園モノ)




僕はシオの笑う顔が大好きだったんだ。


だから悲しそうな顔が見たくなくて、僕はシオから視線をそらした。

だけどちらりと見えてしまったシオの泣き顔は、僕の胸を締め付けた。


いまさら遅いかもしれないと思ったけど、僕はシオに謝ろうと話しかけた。


シオは泣いて腫らしたのか、目元が赤かった。

僕がごめんというと、シオは何も言わなかった。


それ以上言葉を交わすこともなく、それが別れだった。


学校から家へ帰るあいだ、思い出すのはシオの泣き顔。

その顔を思い出しながら、無力な僕はただただ祈っていた。


彼女がまた笑えますように、と。








「はぁ……」


ため息を、ひとつつく。


7年ぶりに来た町は、懐かしむ暇もないほどに変わっていた。

ちょっと散歩してれば少しくらい思い出すかとも考えたが、無理だった。


開発だかなんだかで景色もずいぶん変わっちまってたし、

この街もすっかり異国めいた別の街になりつつある。


懐かしい、とは素直に喜べはしなかった。

とはいえ卒業まではここに住むことになりそうなので、慣れなくてはならない。


もうひとつため息をつく。


親の気まぐれでこの街を去って、今度もまた親の気まぐれでこの街に戻って。

……はは、まったく馬鹿馬鹿しい。


さらにもうひとつため息ついて、それで悩むのはやめることにした。








とりあえず無事に転校も終わり、転校疲れを午前の授業でたっぷり癒したあと、

俺は転校早々に仲良くなった御堂カズマと食堂に来ていた。


前いた学校には食堂なんてなくて、俺はすげーすげーとはしゃいでたが、

カズマのヤツはいたって冷静に「安い以外には褒められない」と苦笑いしてた。


券売機でカズマは白身魚フライ定食のスイッチを押した。

俺もあれこれ悩んだが、結局同じ白身魚フライ定食にした。

他にも美味そうなのもあったが、昨日の一件のせいもあった。


「男の子なんだからたくさん食べるでしょ」と


姉貴に引っ越し祝いで振舞われた、肉たっぷりの宅配ピザと大盛りラーメン。

そのことを考えると、肉類より魚、麺類よりご飯な気分だった。


というかしばらく麺類と肉類はノーサンキューだった。

いまだに頭の中には昨日のラーメンとピザの味が残ってる気がする……


そんな俺の油ギッシュな口を、魚とご飯が優しく包んでくれるだろう。

そう期待して俺は受け取りカウンターに向かった。

4時間目の授業が少し早く終わってたので、ラッキーなことに混んではいなかった。


定食を受け取って席を見つけると、俺とカズマはようやく一息ついた。


「いいな食堂。安いし早いし美味そうだし、毎日こよっかな」


「今日はラッキーなだけだよ。ほら入り口を見ろ」


さっき鳴った4時間目の終わりを告げるチャイムから数十秒。


ほんの前までがらがらだった券売機付近は

某ランドの人気アトラクションのごとく人だかりができていた。


「俺はあれ並ぶんだったら購買のパンで済ませる」


「はは、納得……」


苦笑しながら魚のフライをひとくち。ご飯もひとくち。みそ汁もひとくち。

うん、美味い。美味すぎる。

ピザの呪いが浄化されていくようだぜ……


そうして俺が食の感動に浸っていると、入り口のほうから明らかに特異な足音が聞こえた。

見たこともない少女が、券売機に目もくれず、一目散に俺のほうを目指していた。


少女はテーブルの前で綺麗に立ち止まり、不機嫌そうに声を上げる。


「ちょっといい?」


「なぁ……カズマの知り合い?」


「いや?」


奇妙そうに顔を見合わせていると、少女が続けた。


「あなたに用があるのよ」


「なんでございマドモアゼル、見ての通りあっしはいま食事中なんですがね」


「だったら、いますぐに食事を中断して」


「嫌だね、なんで見ず知らずのあんたに俺の食事を中断できるんだ。

 だいたいメシが冷めちまったらどう責任取るんだ。

 あんたが今すぐあの列に並んで弁償してくれるって言うのかい?」


少女は顔をむっとさせると、右の腕を大きく振って俺の頬に平手を食らわせた。


「最低ね。本当に最低」


「いきなり来て、頬を叩いて、言うことがそれか?」


「ふん。恨むなら自分の行いを恨むことね」


そういうと少女は食堂を出て行った。

……何しに来たんだ? あいつ。


カズマのほうも事情が飲み込めないでいるようで、きょとんとしている。


「マサキ、なんだったんだありゃ……」


「さぁてな、俺はまだ恨まれるよーなことした覚えはないけど」


「お前の態度が気に入らなかったんじゃないか?」


「だからって初対面のヤツを引っぱたくか、普通」



会話もほどほどに俺は昼食を再会した。幸い魚のフライはまだ冷めてない。

俺はさくさくと魚のフライを口に入れながら考える。なんだったんだ、アイツ。


これでも結構波乱な人生送ってるつもりだったが、

あんな通り魔みたいなのに出会ったのは初めてだった。








授業6時間たっぷり寝たあとは、楽しい楽しい放課後である。


たっぷりいただいた教科書を机とロッカーにほとんど封印し、

心も身体もカバンも軽くして俺は放課後プランニングを考えてた。


「よっ、マサキ。放課後どうする?

 ゲーセン? ボーリング? カラオケ?」


「いや……」


ゲーセンもボーリングもカラオケも悪くないが、

それ以上に面白そうなことがあるじゃないか。


「カズマ。食堂で俺を引っぱたいた女のこと気にならないか?」


「あー、気になるわ確かに」


「そんじゃ、探しにいこうぜ。

 俺もわけもわからず引っぱたかれていい迷惑だ。

 このまま事情を聞かないんじゃすっきりしない」


「そんなこと言ったってマサキ、あてはあるのかよ」


「とりあえずそこらをうろうろしてりゃ会えるんじゃねぇか?」


「……会えなかったら?」


「楽しく放課後のお散歩ってとこだな」


「のん気なヤツ。はは、底なしの楽天家め」


「そりゃ褒め言葉だろ? そいじゃ行こうぜ。

 あいつ下手な理由だったら引っぱたき返してやらないと気がすまねぇ」


すっからかんのカバンを掴むと、カズマにいろいろと学校の施設を案内してもらった。

図書室はマンガ本を一切置いてないそうでガックリした。たぶん二度と来ないだろう。


しかし漫画でわかる武田信玄は面白かったので借りた。あとで読むか。


休憩室は自動販売機とテーブルがあってくつろげる快適空間だった。思わずくつろいでしまった。

昼には弁当食べる人たちで取り合いになるくらい人気スペースだそうだ。


教室で食えよって笑って返したら、カズマは黙ってエアコン指差した。

あ、納得。


音楽室は真面目に歌の練習してたりした。


よくわからんがすっげぇ真面目な雰囲気だったので、

ドアを開けるのがなんだかためらわれた。っていうか無理、あれ。無理オーラびんびん。


美術室は絵を描いてた。りんごをテーブルにおいてそれを描いてた。


小腹が減ったのでそのりんご喰ったら美術部の部長さんにえらい怒られた。ごめんなさい。

おかげで片付けの手伝いやらされ「俺、関係ないのに……」とカズマは嘆いていた。


グラウンドはわざわざ行くのも面倒なんで、廊下から眺めた。

陸上、野球、サッカー、テニスとそれぞれ贅沢に場所を使って練習してた。


遊具はまったくない。こりゃ色気が足りないと思う。

やっぱグラウンドにはジャングルジムだろ。


体育館にはブルマの女の子とかいないか期待していったが、さっぱり居なかった。

なんかもうここまでくるとブルマは存在したのかすら怪しい。

もはや俺にとっちゃネッシー並みの信憑性だった。


で、いろいろ見てまわったが、どこにもいなかったわけで。

俺とカズマは2時間たっぷりの散歩コースを終えることにした。

ゴールはもといた教室。夕陽がまぶしい。


「いやー、楽しかった。最高だった」


「そうか、そりゃよかったよ。でも、見つからなかったな結局」


「まー、会えるとは本気で思ってなかったからな」


「そうなのか!?」


「だってぶっちゃけ玄関で待ってるのが一番あれだろ、有効だろ

 こんなうろちょろして見つかるわけないじゃん、論理的に」


「そりゃそうだけど、じゃあなんで」


「ま、いろいろ見たかったしな。じっとしてるのも退屈だろ?

 ありがとな、おかげで学校のことがよ〜く分かった」


「いーや。まだお前は知らない。

 この学校でいっちばん夕焼けがよく見れる場所を」


「どうせ屋上だろ」


「はは、いいから来いよ」


二人して笑いながら階段を登った。

散歩の締めにはちょうどいい。


屋上につながる古びれたドアを、魔女の館のようにギギギィと音立てて開ける。

風のせいかサビのせいか知らないが、重い感触だった。


二人がかりでようやく開けると「痛っ」という女の子の声とすっころんだ音がした。

誰かがドアによっかかってたらしいな。どうりで重いわけだ……


いや、待てよ!

聞き覚えのある声に俺は急いで確認する。

あーあー、なるほど。こんなところに居たとは。


すっころんだのは間違いないく、今日俺に平手を食らわせてくれたあの子だった。


平手女は俺の顔見てぎゃーぎゃー怒ってるようだったが、それどころじゃなかった。

それ以上に俺を驚かせることがあったのだ。


宮野栞。

平手女と一緒に、彼女は居た。








「シオ……?」


「マサキ、久しぶりだね」


「シオ、久しぶりだよ。まさかこんなところで会えるなんて!」


髪は昔よりも少し伸ばしてて、雰囲気も少し大人びてたが、

平手女と一緒に居たのは間違いなく栞だった。


俺は再会の喜びを分かち合おうとシオを抱きしめようとしたとき、

待ったが入った。平手女だった。


「ちょっと! いきなり抱きつくなんて非常識よ」


「いきなり平手食らわすのも十分非常識だろ」


そう言い返してやったら平手は言い返す言葉もないらしく低くうなる。

その様子を見てシオは呆れ顔で諭した。


「アリサ、さっきの話は誤解だと思うよ?

マサキはちょっと変だけどそういうことはしないと思う」


「そう? 私にはちっともろくなヤツには見えなかったけど。

なんかフツーに盗撮とかしてそう。だいたい顔が変態っぽいし」


「なんだと平手!」


「許してあげてマサキ。

彼女、さいきんストーカーに嫌がらせをうけて気がたってるの」


「……ストーカー?」


「そう、ストーカー。いや変質者って言ったほうがいいのかな……」


シオの話を聞いてみると、この平手女こと雪野アリサはどーも俺のことをストーカーだと、

そう思い込んでるらしい。カズマは大爆笑だったが平手までもらった俺は笑えない。


で、平手が俺を犯人だと思ってるという根拠は、

俺の転校してきた日と変質行為が始まった日がちょうど一致するというものだった。


そんなんで犯人に仕立て上げられちゃ洒落にもならない。


とうとう追い詰められた彼女、逆襲しようと俺のところに来たというわけ。

……ちなみに誓っておくが、俺は変質行為に一切関わっちゃない。


これで俺が犯人でしたなんてやったら物語としては斬新かもしれんが、本当に洒落にならない。


シオのおかげで話はあらかた分かったが、困ったことに平手のヤツ、未だに俺のことを疑ってるようだ。

俺に向ける視線は限りなく軽蔑のまなざしに近い。


どーにか弁解してやりたいところだったが、難しい。

犯人が俺って証拠もないが、俺じゃないって証拠もないのである。


が、さすがに変質者だと思われちゃしゃくなんでいちおう弁解してみることにした。


「あー、いちおう念のため言っとくが犯人は俺じゃないぞ」


言ってみたが、効果ゼロのようだった。

いやむしろひどくなったかも知れん。


もうどうしようもないので俺はこの場から離れることにした。


シオとの再会を喜びたい気持ちもないでもないが、いやむしろ喜びたいんだが、

こう、「この痴漢野郎!」みたいな視線で見られると、楽しくお喋りもできやしない。


俺はじゃあなと残してカズマを無理やり引っ張り、家に帰った。








家には特にハプニングもなく順調に帰ることができた。

が、問題は家に入ってからだった。


すっかり学校をうろつきまわって腹ペコだった俺に出された夕飯は、

皿にたっぷりと盛られた無数のシュークリームだった。


姉貴のちょっとしたジョークだと信じたかったが、

いくら待ってもそれ以外の食べ物は出てこなかった。


仕方なくシュークリームに手をつける。

あぁ、確かに美味い。


が、そう何個もシュークリームばっか食べられるわけもない。

これじゃ口の中が丸ごと甘ったるくなるような気分だ。


「姉貴。居候してる身で口を出すなんておこがましいとは思うが、こりゃちょっと……」


「え? なんのこと」


「いや夕食」


「美味しいよね。シュークリーム」


「まぁ……まずくはないけど」


「じゃあいいじゃない」


ダメだ、もうダメだ。

こんな生活続けてたら脳まで砂糖漬けになっちまう。


話してもらちが明かないと感じた俺は、キッチンにいった。

キッチンは驚くほどにぴっかぴかだった。


が、姉貴の性格を考えるに、手入れが届いてるんじゃなくて単に使ってないんだろう。


「ねぇ、何か作ってくれるの? 気持ちは嬉しいけど……」


「いいのいいの、姉貴は黙ってみててくれ」


食材を求めて冷蔵庫を開けると、ケチャップマヨネーズわさび……いろいろな調味料があった。

デザート類もプリンやケーキなど豊富にあった。

ジュースも炭酸からお茶までドリンクバー以上に幅広く揃えてあった。


しかし、食材といえそうなのは何一つなかった。

肉も魚も野菜もなかった。徹底して何もなかった。

ここまでくると一種のすがすがしささえ感じさせてくれる。


「なんてこった……」


「だから言おうとしたんじゃない、作るにしても何もないって」


「……買って来る」


「いまから行くの? もう外は暗いよ、危ないよ。

 外にはどんな悪い人が居るか分からないんだよ?

 デリバリーで好きなもの頼んでいいから今日はやめようよ」


「いや、大丈夫だよ。姉貴は心配しすぎだって。

 ちょっと近所のスーパーで買い物するだけなんだから」


「うーん、マサキがそう言うなら……」


「そういうわけで姉貴、何か欲しいのあったらついでに買ってくるけど?」


「私はいいや。それじゃ、はいこれ。

 マサキが好きなのなんでも買って来ていいよ」


なんだこづかいでもくれるのかと思いきゃ、出て来たのはカードだった。

クレジットカード! しかもゴールデンにまぶしく光ってやがる!


「限度額は300万だから大抵のものは買えると思うよ」


「い、いやいや! 近所のスーパーに行くのにゴールドカード渡されても困るって!」


「いいからいいから、男の子は細かいこと気にしない」


「気になるって!」


「ちぇ、わかったよ……細かいのあったかなぁ」


姉貴は露骨に不満そうだったが、そんなスーパーに行くくらいでゴールドカード渡されても困る。

うっかり使おうものならレジのおばちゃんが腰抜かしかねない。


結局姉貴のサイフにあった万札一枚渡されて買い物に出かけることになった。

スーパーまではもう目と鼻の先ってくらいなんで徒歩で行くことにする。


真っ暗闇の夜だというのに、スーパーの周りは「こんちくしょう!」と言わんばかりに明るかった。



中に入ってとりあえずタイムサービスをチェックする買い物上手な俺。

とりあえずたまごとかパンとか買っておく。


和食大好きな俺としては本当はパンじゃなく米が欲しかったが、米袋が重かったので挫折した。

今度体力の有り余ってる日にトライすることにしよう。


とりあえず買い物を終え、意気揚々と店を出てきたわけである。

頭に思い浮かべるは明日の朝食。早起きして作ろう。

目玉焼きに野菜のコンソメ、トースト。うん、悪くない。


そんなこと考えながら歩いてると誰かが俺にぶつかった。

宙を舞う買い物袋。ぐしゃりと嫌な音がした。

……たまご、つぶれたか!



しかしそのぶつかった子。女の子のようだが、どうも様子がおかしい。

何かに怯えたように、浅い息を何度も繰り返している。


「どうしたんだ、大丈夫?」


優しい女の子には優しくしてやるのが俺のルールである。

それになかなか可愛い子じゃないか。


……なんて思ったのもつかの間、よく見るとかの平手女、雪野アリサさんだった。

息を荒げて何をやってるんだこいつは。マラソンの特訓か。

それとも例のストーカー変質者にでも追っかけられてたのか。


「なんだ、例のストーカー変質者にでも追っかけられてたのか?」


喋る余力もないらしく、アリサは必死に来た方向を指差す。

注視してみると、なるほど誰かいるらしい。

足音もする、あれがストーカー野郎か。



俺に気付いたのか、ストーカーは足音を翻した。走って逃げさる。

そうは行くか!


アリサには平手の件で少々の恨みがあったが、

あんなに怯えた姿をみせられては、放っては置けない。


荷物を置いて全力で追いかけようとしたときだった。

アリサは心細そうに俺の腕を弱々しく握り、こう言った。


「待って、一人にしないで……」


足音はどんどん遠ざかっていく。

だけどアリサは俺の腕を放してくれそうになかった。

やがて足音は聞こえなくなる。逃げられちまったようだ。


俺はひとつため息ついて言った。



「腕、放してくれよ。いかないからさ」


「……うん」


頼むとあっさり離してくれた。

なんだなんだ、これが昼間の平手女と同一人物なのか?

まさか双子の妹とかじゃないだろうな。


「あれが例のストーカーか。

ちょうどよかった、これで俺が犯人じゃないって証明されたわけだ」


「ごめん、なさい。私……」


昼間にみせた平手はじめ強気な態度は、虚勢だったんだろう。

ストーカーって恐怖に耐えるにはそうするしかなかったのかもしれない。

アリサの怯えた様子を見ると、そんな風に思えた。



俺は落ちた買い物袋を拾う。たまごは幸いにもそれほど被害はなさそうだった。

そのまま帰ろうとも思ったが、怯えたアリサを一人で帰らせるのもどうかと思った。


「なぁ、よかったら家まで送ってやるよ」


「だ、大丈夫。一人で大丈夫だから」


「声、震えてるぞ」


何だ、可愛いとこあるじゃないか。


ここから家までほんの5分くらいだから大丈夫とアリサは言ったが、

5分くらいならちょっとした寄り道だよと俺は半ば強引に家まで送ってやることにした。


家は本当に近くで、そのあいだ特になにを話したわけでもないが、

俺の中で雪野アリサに対する印象はかなり変わっていた。


きっと怖かったんだろう。

本当に本当に、怖かったのだろう。


アリサの家の玄関先につく。立派な一軒家だった。

俺は震える彼女をなだめると、ついでに一言残した。


「これ、いちおう連絡先。シオのほうが頼りになると思うけど。

 ま、いちおう何かあったら連絡くれよ。やれることはやってやれると思う」


「ありがと。……一ノ瀬っていいヤツなんだね」


「だろ。もっと褒めてくれ」


「バカ」


アリサは答えながら笑う。

それだけ笑えれば十分だと思った。安心した俺はじゃあと言って帰った。